解説宇奈月温泉の歴史

  • Yahoo!ブックマークに登録する
  • はてなブックマークに登録する
  • livedoorクリップに登録する
  • FC2ブックマークに登録する
  • Buzzurlブックマークに登録する
  • del.icio.usブックマークに登録する
  • ニフティクリップに登録する
黒部峡谷宇奈月温泉のある黒部渓谷には、1600年代の江戸時代から多くの温泉があることは知られていた。かつては桃の樹林が広がる無人の台地であり、一般人の入山は厳しく規制されており、原始林に囲まれ、道すらもなかった。後に宇奈月温泉の源泉になる黒薙温泉の開湯が許可されたのは、江戸時代末期(慶応4年)のことであった。

大正6年(1917)になり、愛本温泉㈱が引湯管を使って、黒薙温泉から当時の内山村荷上(現在の宇奈月温泉荷上)にお湯を引き、「愛本温泉」という名称で温泉を開湯。大正9年(1920)には、「愛本ホテル」が建設された。しかし、当時は黒薙温泉から愛本温泉にお湯が届くころには、温泉の温度が低下するという問題や、台風災害により一部倒壊、死傷者も出て閉湯となってしまう。

大正12年(1923)、温泉の温度低下を防ぐ策として、保温性に優れた赤松の木管を使用し、お湯を最速で流せる引湯管に変更して温度低下の問題を解決した。

黒部鉄道黒部鉄道㈱(現在の富山地方鉄道(株))が、宇奈月まで開通し、大正13年(1924)に宿舎を旅館風に改造して営業を開始した。さらに、黒部鉄道㈱は、宇奈月温泉が「観光地・温泉場」として有望と考え、富山市内の旅館主や料理店に宇奈月温泉での開業を呼びかけた。

昭和2年(1927)には、黒部峡谷の柳河原発電所の建設工事に携わる関係者が温泉街に入ってくるようになり、徐々に賑わい始め、宇奈月温泉はその後も黒部峡谷の電源開発と共に発展していった。

昭和21年(1946)「宇奈月温泉大火」により半日でほとんどが焼失し、温泉街は壊滅的被害を受けた。その後、官民一丸となり復興に力を注いだことにより、昭和33年(1958)には、大火以前にも勝るとも劣らないほどの活気を取り戻した。

昭和38年(1963)には35件もの旅館や保養所が建ち並ぶようになり、現在も富山県一の温泉街として繁栄している。

(画像:wikipediaより)

TOPPAGE  TOP